血液循環をよくする
ランニングがからだにいいことは、走った後の爽快感からもわかりますが、生理学的にどんな効用があるのか、知っておきたいですね。
予防医学の第一人者である小山内氏が、健康づくりにランニングをすすめてきたそのわけを、著書『生活習慣病に克つ新常識』から探ってみましょう。
いちばんの目的は、血液循環をよくすることです。
小山内理論では、血液循環を良好に維持することが、すべての生活習慣病を予防し、改善するためのカギといわれるほど、重要なのです。
走ると血液がよく巡り、筋肉にいつもよりたくさんの血液が出入りします。
筋肉というのは、力を抜いて軟らかくなると血液が入り込み、力を入れて硬くなるとその血液を静脈に送り返して血液循環しています。走ることによって、筋肉はポンプのように血液を受け入れたり送り出したりして、末端の毛細血管まで推し進め、血液循環を促進しているのです。
走ると、肺の作用も活発になります。肺も息を吸ったりはいたりするたびに、血液を吸い上げたり、押し出したりするポンプ作用を持っています。走って呼吸が弾むと、たいへん効率よく血液循環を促してくれるのです。
つまり走るという活動によって、心臓の働きに筋肉と肺のポンプ作用が加わって、血液はとてもよく循環するのです。
一般的に血液循環というと、心臓はポンプ役で、心臓だけの働きでが血液を巡らせているかのように思われています。しかし、本来、血液循環は心臓だけでなく、全身的な活動によって支えられるものなのです。筋肉と肺と心臓と、三者のポンプ活動がバランスよく行われてこそ、血液はよく巡り、循環器も円滑に働くのです。
血液循環がよければ、血圧も正常に保たれます。というのは、血圧が上がるのは、身体活動が不足して、筋肉、肺の助けがなく、心臓だけでがんばって血液を送り出したため、血管に圧がかかったから、ともいえるのです。
それを証明しましょう。
血圧を望ましい値に近づける
血圧に問題のある人をゆっくり走らせると、その場で改善効果が見られます。実際に走る前と走った後に血圧を測ってみると、血圧の高い人は低く、低い人は高く、それぞれ正常値に近づきます。
氏はこの事実を確認するために、実験をしてデータをとりました。自身が関わっていた健康教室の女性522名に、1日20〜30分程度のゆっくりペースのランニングを日常生活にとりいれてもらい、3カ月間続けてもらったのです。
その結果が右のグラフです。見事に改善されています。
よく見ると、上の血圧は、110mm/Hgより高い者は低くなる方向に、低い者は高くなる方向に変化し、下の血圧は、70mm/Hgより高い者は低くなり、低い者は高くなっています。
概ね上の血圧は110mm/Hg、下の血圧は70mm/Hgに向かって収斂する方向に変化していることが読み取れます。
ここで注目したいのが、自然に収斂されていった、上が110mm/Hg、下が70mm/Hgという値です。
この値は、南米やアフリカの狩猟採集民の平均的な血圧と同じです。彼らは年をとっても高血圧症にはならず、むしろ低くなる方向で推移します。
これに対し、私たち機械文明社会に生きる都市生活者の血圧は、年をとるにつれ高くなる傾向にあります。
ということは、年をとって血圧が高くなるのは、生理的な老化現象ではなくて、身体活動の不足や生活の偏りなど、生活習慣によるものと考えられます。狩猟採集民に高血圧症がみられないのも、狩猟生活がほどよい身体活動のうえに成り立っているからでしょう。
これらのデータと、522名の実験データから考察すると、人間にとって望ましい血圧の値は、上が110mm/Hg、下が70mm/Hgということになります。
それよりも高かったり、低かったりすれば、それだけ生活の中で身体活動に不足や偏りがあるからと考えられます。この値は、自分の健康状態をチェックし、日常生活を見直すバロメーターとなりましょう。
実験で証明された「ゆっくりランニング」の効果
では、年齢に関係なく、望ましい血圧である110mm/Hg、70mm/Hgに近づけるために、なぜ「ゆっくりランニング」がいいのでしょうか。
小山内式は、ランニングといってもあまり速く走ってはだめで、隣の人と話しながら走れる程度のペース、時速4〜8キロくらいが望ましいのです。
氏の研究グループは、血圧改善のために、どのようなトレーニングをすればいいか、様ざまな実験を試みました。その結果、下肢の筋運動と呼吸の弾みを伴うような持久的トレーニングが、血圧の改善に有効であると判明。そこでもっとも簡単にできて、長時間続けられる運動として、ランニングを選んだのです。
速さも、いろいろ変えて実験しました。
スピードの目安として脈拍数を選び、160/分と140/分の強さの持久走を約100分続けてもらったところ、160/分でのランニングは個人差はあるものの、上は多少上昇するか概ね横ばいで、下も多少下がり気味ではあるが、ほぼ横ばいでした。これに対し、140/分の場合は、上下とも時間とともに低下し、上は100mm/Hg程度まで低下して、下はいっそう著しい低下を示すに至ったのです。
ゆっくり走るほうが血圧改善の効果は大きかったのです。
このような実験結果から、1日20分以上、ゆっくりペースで走り続けるランニングが、望ましい血圧のため、および健康づくりに最適であるとの結論に達したのです。
実際に、この程度のゆっくりペースであれば、多少血圧に問題のある者も、危険なく走ることができます。速く走れば危険が伴うし、安全なウオーキングでは、「ゆっくりランニング」に比べ、時間的にも3倍以上の努力が必要であり、能率もよくありません。
もし最初から走るのは、年齢やからだの条件から危険と考えられる場合は、歩くことからはじめて、しだいにゆっくり走るように工夫するといいでしょう。
血圧が望ましい値であれば、心臓病や動脈硬化、脳梗塞など、循環器系の疾患の予防につながります。
また痔の悪い人は、「ゆっくりランニング」によって血流がよくなり、てきめんに改善効果が得られます。
血液循環をよくしてがんや動脈硬化を予防する
小山内氏は、健康管理をつとめる多くの企業で、生活習慣病を予防するために「ゆっくりランニング」を指導してきました。
キリンビール(株)では、独自に開発した血液循環の具合を測る加速度脈波計を用いて、血液循環が悪いと判明した者を走らせ、組織ぐるみで健康づくりに取り組みました。当時、こうした予防の取り組みは最先端をいくもので、健康づくりのみならず労災面でも大きな成果をあげました。(『企業の現場から19人が語る小山内博の健康づくり』より)
小山内氏は身体活動の大切さを次のように語っています。
「血液循環が不良だと、循環の悪い組織や臓器が酸素不足や栄養不足におちいり、器質的な病変が用意される。がんや動脈硬化も、血液循環が不十分な状態がある期間以上続いた結果ではないかと思われる。<ローマは1日にしてならず>で、からだも伝染病でもない限り、1日で動脈硬化や脳梗塞や心不全にならないもの。毎日の生活の中で徐々に疾病が用意され、それが破綻するまでかなりの紆余曲折があるはず。これを食い止めるには、早い段階からゆっくりランニングのような持久的トレーニングを習慣づけること」と。
ランニングがくれた健やか人生
農林中央金庫に勤務していた前野かず子さんは、40年以上も前のお堀ランナーでした。当時、東海地方に大地震が起きるとの予想があり、いざという時に丸の内から自宅の茅ヶ崎まで歩ける体力をつくろうとの目的で、小山内健康づくりの一環であるランニングに参加したという前野さん。最初から皇居1周5キロを完走してしまい、達成感と走ることの快感に目覚め、以来退職するまでの15年間、週に3、4回は走りました。
その体験を次のように語っています。(『企業の現場から19人が語る小山内博の健康づくり』より)
「・・・走るのが習慣になると、走らなくては気持ち悪くなります。とくに月曜日に走ると、月曜病が吹っ飛びました。・・・都心にいながら、皇居周辺の四季折々の自然を楽しむことができたのも、ランニングのおかげ。半蔵門から国立劇場へと坂を駆け下りる爽快さ、風を切る喜びは、ハイヒールを履いている時には決してあじわうことができない・・・」
体力づくりもバッチリでした。
「41歳で水かぶり、小山内体操、朝食抜き、ランニングと小山内4原則をすべて実践するようになって、退職するまで欠勤ゼロ。1時間40分の通勤も苦になりませんでした。
小山内式実践の成果は次の通り。
* 暑さ寒さに強くなった。汗をかいてもさらっとして、すぐにおさまる。夏の不快なベタつきがなくなった。
* 風邪をひかなくなった。
* 血圧が130ー90だったのが、110ー68とベストの値に。これは今もキープ。
* 睡眠時間が短くて済むようになった。6時間で十分。
* 胃腸が常に快調。何を食べてもおいしい。
* 持久力がついた。朝起きて、その日やりたいことが全部こなせるようになった。何をやっても疲れを感じない。」
前野さんは健康なまま余力を残して、55歳で退職。1998年には、ランナーの経験を買われて、神奈川夢国体の炬火ランナーをつとめました。今もお元気で、ボランティア活動されたり趣味の俳句をたのしんでおられます。
(文責 高木亜由子)
[ゆっくりランニング]について詳しく知りたい方は、小山内博著『生活習慣病に克つ新常識』(新潮新書)『なまけもののマウスからがんになる』(光文社知恵の森文庫)を参考にしてください。
(2009年10月22日)  

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